統合医療との出会い

統合医療と私 〜フラワーロード服部内科の目標〜

 

◆◆ 1.勤務医時代に感じていたこと 〜現代医療事情 ◆◆

 

大学を卒業して20年余り、医師人生のほぼ半分を公立病院勤務医として過ごしました。開業までの最後の数年間はちょうど世の中はバブル崩壊から10年たった頃でしたが、当時の医療現場最前線で日々感じていたことがあります。

 

日本社会の経済の翳りが政府の医療費削減計画という形で医療界に大きな影響を及ぼしていて、世情に疎い医師らでさえもその深刻さを肌で感じていました。全国の医療機関は行政府が示した医療改革という名目の「生き残り大作戦」に乗り遅れまいと、そのことにたくさんのエネルギーを集中せざるを得ませんでした。

 

そのため患者様の切なる声に耳を傾けるこころの余裕が次第に失われていったのです。経済主導の医療界の流れが速まるなかで、利用者の不満の声を聞く機会がぐんと増しました。

 

他方、医療を提供する医療従事者自身も増える一方の仕事とまさに闘っていました。その結果、医療者と患者様の相互の信頼関係が急速に失われつつあること、医療利用者が過剰とも言える情報に押し流されて病気をただ恐れるあまりに健康に対する自信を失いかけていること、医療経済界の変動があまりにも激しくて医療者側・利用者側ともに将来への不安があること、医療が本来の目的を離れて一部ビジネス化してきていること、これらの環境の中で医療者自身の医療哲学の土台が揺らいでいることなどの問題が浮かび上がってきたのです。

 

医療を行う者も医療を受ける側も幸せになれない医療のかたちはどこかおかしいのではないかと私自身は思い始めていました。

 

◆◆ 2.医師としての私の目標 ◆◆

 

私はこの医師という仕事がほんとうに好きです。ですから生涯の仕事を持てた幸せを常に感謝していたのですが、このような状況の中で自分なりの目標を立てました。

 

「患者さまを中心とした人間関係を大切にし、病気を単に治療するだけでなく、真の意味での“治癒”や最高の治療である“予防”をめざす医療を行うこと」

 

いささか壮大な計画ですが一生かけて探求するにふさわしいテーマだと思っています。この考えの基礎となっているものは大学卒業後8年目ごろから学び続けている統合医療です。統合医療については、後に詳しく述べたいと思います。

 

さまざまなきっかけが重なって平成16年から開業医として新たな道を歩き始めましたが こんどは勤務医時代には経験しなかった多方面にわたる業務にたちまち埋もれてしまいそうになりました。

 

また、2000年以上の歴史があってかつては神聖な職務だと思われていた医療がいまや社会的にはサービス業であると分類されているものの、医療ははたして単なるサービス業なのだろうかという疑問も心の中に生じてきて、医療者としての自覚を再確認する必要性を感じました。

 

医局同門の先輩に薦められたオスラー博士講演集『平静の心』(日野原重明監訳、医学書院刊)に当時の私にぴたりとはまる一節がありました。「『われわれがここにあるのは自分のためではなく、他の人々の人生をより幸せにするためである。』 (中略)開業医ほどこの言葉を生かす機会に恵まれている者はいないのだ。医療とは、ただの手仕事ではなくアートである。商売ではなく天職である。頭と心を等しく働かさなければならない天職である。」 先の見えにくい混沌とした今だからこそ、世の中に対して本当に意義あることをし続けていくことが大切なのだと考えています。

 

◆3.アンドルー・ワイル博士(Andrew Weil,M.D.)との出会い

 

大学を卒業して私は内科医が取るごく普通のコースを歩みました。数年間の研修医時代に内科全般にわたる実地臨床の訓練を受けました。始めの大学病院研修では同級生も多く学生気分が抜けませんでしたが、研修後半は市中病院へ出ていよいよ一人前の医師としてひとり立ちするのです。

 

この時期に教わったことは乾いたスポンジが水を含むように瞬く間に吸収し、また生涯覚えているものです。兵庫県北部のH病院では高血圧をテーマに活発な研究や大規模な住民検診を行っていました。生活と密着した医療を実践し住民の信頼厚いH院長の教えに大きな影響を受けました。病気の人を診るときにその人の全体像や生活、家族や地域との関連の大切さをいつも考えるように教わりました。

 

その後は大学へ戻って最先端機器や実験動物を使った本格的な高血圧の研究をみっちり指導してもらいました。医学イコールきらめくような最先端の科学と思い始めていたときに、著名な大先輩に言われた言葉がありました。「服部さん、医学はなんのためにあると思いますか。それは・・患者さんの幸せのためにあるのです。このこと、わかりますね。」これは実験室にいた私の胸にずんと響いたのです。

 

研究成果を医学博士の論文にまとめた時点で、私の居るべき場所は研究室ではなくやはり医療の現場だと思い、M市民病院に内科医として赴任しました。医師になって8年目を迎えていました。

 

この頃に医師人生を左右する1冊の本に出会いました。「人はなぜ治るのか」(アンドルー・ワイル著 日本教文社)。 治るとはどういうことなのか、心や精神と体の関係、自然治癒力とは何か、など眼を見開かされる新鮮な内容でした。

 

その後まもなく著者のワイル博士が信州安曇野・穂高養生園で医師向けのホリスティック医学ワークショップを開くので参加を募っているという報せが舞い込みました。まだワイル先生自身のこともよく知らなかったのですが、ともかくこの本の著者の話が聞きたい気持ちが強く湧いてきました。およそ不可能に思えた上司の説得も不思議と成功し、3日間の休暇を貰って信州へ出かけました。紅葉がとても美しくて印象的だった1991年秋のことです。

 

当時はまだ統合医療(Integrative Medicine)という言葉はなく、ホリスティック医学や全人医療といわれていましたが、その基本となる構想はすでに出来上がっていました。このワークショップの後、1994年にワイル博士は本拠地の米国アリゾナ大学医学部を発信地にして活動を開始し、今では全米医学部に統合医療科が設置されるようになりました。

 

私はたまたま幸運にもその経過を最初からつぶさに見ることができたわけですが、ほんとうに目をみはるほどの急速な展開でした。そして世の中の流れや人々の統合医療を求める声も追い風となったようでした。信州でのワークショップの後も、親日家であるワイル博士が来日されるたびに会いに行って教えを請い学び続けていましたが、間口も奥行きも広いこの新しい医学をさて実践に移そうとするとどうしても考えがまとまらず、理想と現実の間で身動きが取れなくなっていた時期が長かったのです。

 

この状況を抜け出すため、また10年以上にわたって勉強してきたことの集大成として、アリゾナ大学統合医療講座を2001年から2年間受講しました。押し寄せる洪水のような生きた英語と大盛りの宿題に取り組んだ結果、ようやくやりたい医療の具体的な形をつかむことができました。

 

◆◆ 4.統合医療の考え方とは ◆◆

 

統合医療は新しい医療哲学に基づく医療体系です。 近代西洋医学の科学的な視点に立ちながら西洋医学を十分に修めた医師をまとめ役として、伝承的な自然療法や食事療法、リラクセーションなどを積極的に取り入れて、全身の健康に働きかけ自然治癒力の向上をめざすというきわめて先進的な考え方です。

 

個人の心と身体の状態を部分的にではなく全人的に捉えて、心身のバランスを整えながら、より良質の「生」へと導く画期的な医療のかたちです。病気の症状に対する治療だけでなく、発病する前段階、すなわち未病を癒すことや健康を保つことを重視します。そして自然治癒力が最大限に発揮されるような患者と医療者の良好な人間関係・信頼関係を大切にして治療に当たります。

 

あくまで、患者中心に展開されるこの新しい医療体系は、「調和・共生」「自然治癒力」「自主・自助」などの基本理念とともに、医療利用者のおおきな賛同を得ていま地球規模で拡がっています。

 

奇しくも2001年9月アリゾナ大学統合医療講座Associate Fellowship の開講セミナーの最中にニューヨークであのテロが起きました。

 

力で制圧することのむなしさや調和や共生という言葉の持つ深みを現地にいて強く感じることができた経験でした。 ゆっくりとしたしかし着実なこの新しい医学の流れは、これから医療の世界にとどまらず、社会ひいては世界全体をよりよい方向へ変えていくための大きなうねりとして発展していくことでしょう。

 

◆◆ 5.フラワーロード服部内科のこれから ◆◆

 

当院は上記のような経緯で平成16年5月に誕生しました。 院長の私が神戸で生まれ育ったこと以外にはとくにゆかりのない当地での出発でした。

 

開業当初の関係者の心配にもかかわらず、おかげさまで今日ではほんとうにたくさんのご縁をいただくことができ、心から感謝しております。医療活動の内容もスローペースながら少しずつ幅を広げてかつ深めながら「人々の幸せを願う真の医療」をめざして展開しています。

 

「医師になって20数年。内科医になってほんとうによかった。」

 

これまでに診察室や病室で様々な人生にふれるという経験をつんできました。

こころを開いて下さったご本人の口から聞く経験談には強烈なインパクトがあります。

たくさんの人生を見聞きしてきたためか、自分の年齢以上に人生を達観したような感覚を持つことがあります。また人生の味わいもより深く感じる事が出来るようにも感じています。このようにして患者さまから教わったことやまた多くの医師の先輩や師から学んだ知識や経験の集積を、自分の中で上手に醗酵させて上質のウィスキーやワイン、チーズや味噌のようにじっくり旨く熟成させたい、そしてでき得るならばそれを社会の還元したいものだと夢をふくらませる今日この頃です。

 

2007年2月吉日   服部 かおる